2.評価社会はどう作られたのか

働く安心の背景にあるもの


前回、働くことが単なる収入の手段ではなく、自分がまだ社会の中で機能していることを確認する装置になっているのではないか、という話を書いた。忙しい方が落ち着き、何もしていない時間が増えると、かえって不安になる。そこには、仕事が自己価値の支柱の一部になっている構造がある。
では、その構造はどこから来たのか。
人が勝手に自分を評価に預けるようになったのではない。そうならざるを得ない環境が、長い時間をかけて作られてきたのだと思う。今回は、その話をしたい。

評価はなぜ自然なものに見えるのか


現代社会では、評価されることはかなり自然なものとして受け入れられている。成績がよい。進学先がよい。所属先がよい。数字がよい。肩書がある。反応が多い。そうしたものを、人はつい、自分の価値と重ねてしまう。本来はどれも、人を比較し、配置し、社会を回すための道具にすぎない。けれど、道具は長く使われると現実になる。評価は、社会を動かす仕組みであると同時に、生きる感覚の土台にまで入り込んでしまった。
このことを考えるとき、よく「人間はもともと承認欲求の生き物だから」と説明される。もちろんそれは一面では正しい。人は見られたいし、認められたいし、選ばれたい。けれど、それだけでは足りないと思う。承認欲求は昔からあったとしても、それがこれほどまでに細かく、広く、日常のすみずみにまで入り込んだのは、やはり社会の側の条件が変わったからだ。

役割が先に与えられていた社会


昔の社会がよかった、と言いたいわけではない。むしろ、戦前的な社会には、不自由も抑圧も、閉鎖性も多くあっただろう。ただ一方で、そうした社会には、個人が自分の価値を毎回ゼロから証明しなくてもよい構造があった。家の中での役割、地域での役目、共同体の一員としての位置、宗教や慣習によって与えられる意味。そこでは、「自分は何者か」は、かなりの部分を外部が先に決めていた。
これは自由が少ないことでもあるが、同時に、毎回ゼロから自分の存在理由を証明しなくてもよい、ということでもある。
現代人は、自由の価値をよく知っている。その一方で、自由がそのまま安心ではないことも、どこかで知っている。選択肢が増えるということは、自分が何者であるかを自分で決めなければならないということでもある。そして、その作業を毎日続けるのは、思っている以上に重い。

戦後教育が広げた共通の物差し


教育は、人を同じ尺度で測る感覚を広げた。
教育は、人を同じ尺度で測る感覚を広げた。
戦後の社会は、その負荷を個人の内面だけに任せるのではなく、別の方法で処理した。共通の物差しを広げたのである。学校制度、試験、成績、偏差値、学歴。戦後教育が果たした役割は、もちろん教育機会の拡大や識字率の向上だけではない。もっと大きかったのは、「人を同じルールで比較できるようにした」ことだと思う。これは高度成長の時代には、とても合理的な仕組みだった。たくさんの人を教育し、たくさんの人を組織に送り込み、社会の各所へ配置していくには、共通の尺度が必要だったからだ。
ここで重要なのは、戦後教育が知識を教えただけではない、ということだ。
それは、人を「測られる存在」として育てる装置でもあった。何が正解かを見つける。正確に答える。期限を守る。比較される。順位がつく。そこでは、学ぶことと測られることがほとんど同じものとして経験される。学力の内容以前に、「自分は評価される存在である」という感覚そのものが身体に入っていく。

学校から会社へ続く評価の感覚


この感覚は、学校を出ても消えない。
企業に入れば、今度は別の尺度で測られる。成果、効率、責任、肩書、年収、役職。学校で身についた「測られることに慣れた身体」が、そのまま会社に接続される。だから人は、評価に違和感を持ちにくい。評価されることが嫌でも、その仕組みから完全には離れられない。むしろ、評価されている状態の方が安心になる。前回書いた「働くと安心する」は、この延長線上にある。

教育が物差しを作り、メディアが理想像を与えた


マスメディアは、その物差しの先にある理想像を見せた。
マスメディアは、その物差しの先にある理想像を見せた。
ただ、教育だけでは、人生の物語としてはまだ弱い。
点数や肩書だけでは、人はそこまで動かない。そこに「その物差しで勝つと、どんな人生が手に入るのか」という像が必要になる。そこで大きかったのが、テレビを中心とするマスメディアだったのだと思う。
テレビは、評価の物差しに具体的な顔を与えた。
どんな暮らしが望ましいのか。どんな仕事がかっこいいのか。どんな家に住み、どんな消費をし、どんな家族を持つことが「成功」なのか。ドラマ、情報番組、クイズ番組、広告、バラエティ。形式は違っていても、そこには一貫して、社会が好む理想像が流れていた。個々の番組が悪いという話ではない。けれど、同じ像が繰り返されると、人はそれを「よい生き方」として内面化していく。
ここで起きていたのは、教育とメディアの役割分担である。
教育が、比較可能な人間を作る。
メディアが、その比較の先にある理想像を見せる。
この二つが噛み合うことで、評価は単なる制度ではなく、人生の物語になる。
よい成績を取る。よい学校に行く。よい会社に入る。その先には、テレビが映し出す「よい人生」がある。そう思えるから、人はそのレールに乗る。

テレビが弱まっても、評価は消えなかった


けれど、ここで勘違いしてはいけないのは、テレビの力が弱まったからといって、評価の圧力が消えたわけではない、ということだ。むしろ私は、逆だと思っている。評価は終わったのではなく、もっと細かく、もっと日常に入り込み、もっと逃げにくいかたちに変わった。
昔は、理想像はかなり一方向的に与えられていた。
テレビの向こう側にいる成功者や有名人、遠い世界の暮らしに、自分を照らし合わせる。そこには距離があった。遠いからこそ圧力も強かったが、同時に「別世界」として処理できる余地もあった。

比較は、個人間で常時起きるものになった


比較の相手は、遠い成功者から、近い他人へ移った。
比較の相手は、遠い成功者から、近い他人へ移った。
今は違う。
比較の相手は、芸能人やテレビの向こう側の人だけではない。むしろ、同年代の誰か、同じ地域の誰か、同じ趣味を持つ誰か、同じ学校を出た誰か、同じ職種の誰か、そういう「少しだけ近い他人」が、ずっと視界に入っている。SNSが変えたのはここだと思う。
SNSは、テレビのように一つの理想像を上から押し付ける装置ではない。
代わりに、無数の小さな理想像を、個人間比較のかたちで常時流し続ける。誰がどこへ行ったか、何を買ったか、何に成功したか、どれだけ反応を集めたか。以前は遠い成功者を見る構造だったものが、今は身近な他人どうしの相互比較に変わった。評価の構造は弱まったのではなく、分散し、常時化し、相互化したのである。

上からの比較から、横の比較へ


これはかなり大きな変化だと思う。
テレビの時代には、評価は「上から降ってくるもの」だった。
いまは、評価は「横から絶えず差し込まれるもの」になった。
しかも、その評価は制度の中だけにとどまらない。学校や会社だけでなく、日常そのものが比較の素材になる。仕事、恋愛、容姿、暮らし、旅行、趣味、発信、反応、空気感。人生全体が採点対象に近づいている。

なぜ人は評価を手放しにくいのか


すると人は、ますます評価を手放しにくくなる。
評価は疲れる。苦しい。できれば降りたい。そう思っていても、降りた瞬間に「自分は何者か」が薄くなるように感じる。学校のレール、仕事のレール、そしてSNS上の見えないレール。いくつもの評価空間が重なっているから、どれか一つから降りても、別の評価がすぐに流れ込んでくる。
ここまで来ると、評価は単なる制度ではない。
生きる意味の代用品に近づいている。
本当は、人は別の仕方で「ここにいてよい」と感じられるはずなのに、その仕方が弱くなっているから、とりあえず評価で埋めるしかない。
働くと安心するのも、成績が気になるのも、肩書に引っ張られるのも、数字に一喜一憂するのも、その延長線上にある。

AI時代に、この構造はさらに揺れる


私は、現代人の不安のかなり大きな部分は、ここにあると思っている。
社会全体が、評価を回す仕組みとしてあまりに完成しすぎた。
そして、その完成された仕組みが、人間の内面のかなり深いところに入り込んでしまった。
だから、人は評価を嫌いながら、評価の外で自分を支えることが難しい。
この構造が厄介なのは、ここから先、AIによって知識や労働の価値が相対化されていくほど、むしろ不安が強まる可能性があるからだ。
学校で得たものも、会社で積み上げたものも、これまでの評価軸そのものが、今後も同じ力を持ち続けるとは限らない。
けれど、人間の感覚はそんなに早く変わらない。
だからこそ、次に問わなければならないのは、「では、評価の代わりに何が人間を支えてきたのか」である。
人は昔、何によって「ここにいてよい」と感じていたのか。
そして、それはなぜ、いま弱くなっているのか。
次はそこを考えたい。