なぜ人工世界とモーションレスVRを研究するのか

この連載では、なぜ人が評価に縛られ、なぜAI時代になっても争いが消えず、その先に人工世界とモーションレスVRが必要になるのかを、順に考えていきます。
技術紹介ではなく、研究の背後にある社会観と人間観を共有するためのコラムです。
まずは第1回から読むのがおすすめです。
現実の比較社会の外側に、別の生活圏が開いていく。
現実の比較社会の外側に、別の生活圏が開いていく。

読む順番


出発点


この研究室は、単にVRの新しい体験を作るためだけに技術を扱っているわけではありません。
私たちが関心を持っているのは、もっと大きな問いです。人間はこれから、何によって自分の存在を納得するのか。AIとロボットが社会を大きく支えるようになったとき、人はどこで生き、何に満たされ、何をめぐって争うのか。その問いに対して、技術は何を準備すべきなのか。そこが、研究の出発点です。

現代人はなぜ評価に縛られるのか


現代の人間は、思っている以上に「評価」に縛られています。学歴、所属、職業、年収、肩書、実績、反応の数。そうしたものは本来、社会を動かすための便利な指標にすぎません。ところが、長くそれらを軸に生きていると、人はいつの間にか、自分の価値そのものをそこに預けるようになります。評価されている限り安心できる。何かをしている限り、自分は無意味ではないと思える。逆に、評価のレールから外れた瞬間に、自分の存在まで薄くなったように感じる。私は、これが現代人のかなり深いところにある不安だと思っています。

AI時代にも欲望は消えない


そして、この不安は、AIの発達によって自然に解消されるわけではありません。
多くの未来像は、AIとロボットが仕事を代替し、生活が保障されれば、人間は自由になって幸せになる、と考えがちです。けれど、私はそこにかなり大きな見落としがあると思っています。生活の不安が減っても、人間の欲望そのものは消えません。むしろ、生存の問題が後景化したあとに、承認、恋愛、成功、中心性といった欲望が、より剥き出しのかたちで前に出てくるはずです。
人は、ただ安全に生きたいだけではありません。
認められたい。選ばれたい。愛されたい。物語の中心にいたい。自分が背景ではなく、主人公でありたい。そうした欲望は、道徳で消せるものではありませんし、生活保障だけで解けるものでもありません。しかも、その多くは相対的です。足りているかどうかだけではなく、他人と比べてどうかで揺れてしまう。現実世界がひとつしかない限り、そこでは承認も、恋愛も、成功も、中心性も衝突します。全員が同時に主人公であることは難しいからです。

だから人工世界が必要になる


一つの現実に全員を収めるのではなく、舞台そのものを増やす。
一つの現実に全員を収めるのではなく、舞台そのものを増やす。
だから私は、人工世界が必要になると考えています。
ここでいう人工世界は、単なる娯楽や逃避のための空間ではありません。現実世界だけでは処理しきれない欲望や比較や承認を、別の舞台で受け止めるための社会的な受け皿です。現実を捨てるためではなく、現実を壊さないために必要になる第二の生活圏、と言ってもいいかもしれません。

なぜ他者はAIでよいのか


さらに重要なのは、その人工世界の他者が、最終的にはAIでよいどころか、AIである方が望ましいという点です。
もし人工世界の中でも相手が人間であれば、そこでもまた人気の差がつき、愛される人と愛されない人が出て、注目をめぐる競争が再生産されます。現実の問題を、別の空間にコピーするだけです。そうではなく、各人にとって最適化されたAIが、恋愛、友情、承認、成功体験を支え、しかもそれがAIだといちいち気にならないほど自然に振る舞えるなら、人工世界は本当の意味で受け皿になり得ます。

なぜモーションレスVRなのか


固定された身体から、別の身体で世界へ入る。
固定された身体から、別の身体で世界へ入る。
ただし、ここで技術的に決定的な問題があります。
人工世界がただの映像やチャットの延長である限り、人はそこに「住む」ことはできません。見るだけでは足りない。話すだけでも足りない。人は視覚だけで生きているのではなく、身体の中に住んでいるからです。自分が動いた、触れた、進んだ、何かに応答された。そうした身体感覚の循環があって初めて、人はそこを自分の世界として受け入れ始めます。
そこで必要になるのが、モーションレスVRです。
モーションレスVRは、身体を動かさないための技術ではありません。現実の身体運動の制約と、人工世界の中の行為を切り離し、人工世界側の自由度を大きく開くための技術です。現実では椅子に座ったままでも、人工世界では走れる。飛べる。戦える。触れられる。別の身体になれる。しかも、そのとき必要なのは視覚だけではありません。運動感覚、触覚、固有感覚まで含めて、「そこにいる」と感じられる身体インタフェースが必要になります。

研究室が目指していること


この研究室がモーションレスVRを研究するのは、単に面白い体験を作りたいからではありません。
人工世界を本当に住める世界として成立させるには、現実の身体条件に縛られない入口が必要だからです。これは便利さの問題であると同時に、平等性の問題でもあります。広い部屋がある人、体力がある人、若い人だけが人工世界を自由に使えるようでは、それは新しい格差装置になります。誰でも、できる限り同じように世界へ入れること。その入口を作ることは、人工世界時代の基盤整備に近い仕事だと考えています。

このコラムで扱うこと


このコラムでは、そうした問題意識を、できるだけ順を追って書いていきます。
なぜ人は評価に縛られるのか。
なぜ働くと安心するのか。
なぜ生活保障だけでは争いが消えないのか。
なぜ人工世界が必要になるのか。
なぜ相手はAIでよいのか。
そして、その世界を成立させる技術として、なぜモーションレスVRが必要なのか。
ここに書くのは、単なる技術紹介ではありません。
研究テーマの背後にある、社会観と人間観の共有です。
もしこの問題意識に少しでも引っかかるものがあれば、研究室の活動や研究テーマも、単なるVR技術としてではなく、別の角度から見えてくるはずです。
 
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